旅立つ朝、源蔵の妻は、涙ながらにひきとめました。 「むざむざ、ころされに帰るようなものじゃ。」 源蔵は、今若の頭をなでながら、怒ったようにつぶやきました。 常盤は、あの雪の日のように、牛若を抱き、静かに頭を下げました。 「ありがとう源蔵さん、このご恩は忘れません。たとえこの身がどうなろうとも、この子たちの命は、きっと守ってみせます。」 別れをつげると、山あいの道を、都に向かって歩きはじめました。 足早に歩む母のうしろから、小走りについてゆく子どもたち。 「わこさま〜、常盤さま〜。」 呼びかける妻の声にも、もう振り向くことはありません。 しだいに小さくなっていく後ろ姿を見送りながら、源蔵はぐっと唇をかみしめました。 宇陀の山々には、やわらかな、早春の日差しがふりそそいでおりました。 1999年1月5日 作: 西崎悠山 |