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1.序
 今から1400年ほど前、聖徳太子が斑鳩の宮におられたころのお話です。

 年の暮れも近い12月はじめのこと。金剛や葛城の山の上には真っ白に雪が降り積もり、大和はきびしい寒さにつつまれていました。

 久しぶりに空が晴れたその日、太子は供を連れ、愛馬の黒駒に乗って出かけました。国の仕事として進められている、工事のようすを見るためです。 太子のお顔を見ると、人々は一様に手を合わせ、いっそう仕事に励みました。順調に進んでいる様子に、太子は安心しました。
「どうか誰もけがすることなく、進みますように」
と、祈りながら帰りの道につきました。

 片岡山にさしかかったときです。突然、馬の足が止まりました。しかたなく鞭を加えましたが、いっこうに進もうとしません。
「黒駒よ、いったいどうしたのじゃ?」
馬は、何か言いたげに、道ばたの一点を見つめるのです。

2.道ばたにて
 馬を下り、近づいてみると、そこには人がたおれていました。ゆきだおれたのか、やせおとろえてぐったりとしています。
「どうしたのですか?」
声をかけても、答えることもできません。ただ、切れ長の目をいっぱいに見ひらき、太子を見つめました。太子は何か胸をつかれるような気がしました。その目はするどく、なにか不思議な光があったからです。
 そまつな身なりでしたが、その体からはとても良い香りがただよっていました。

3.寒空の下
 太子は哀れに思い、持っていた弁当と飲み物を与えました。そして、着ていた紫の衣をぬぎ、寒さにふるえるその体に着せかけようとしました。  
「太子様、それはみかど様にいただいた、大切なお着物です。」
供の者がとめようとしましたが、かまわず歩み寄りました。
「よいのです」
太子はやさしい笑みをうかべ、そっと着せかけてやりました。
「どうか安らかにお休みなさい」
と声をかけると、心を残しながら斑鳩の宮へと帰って行きました。 


 斑鳩の宮に帰ってからも、どうしても気になってなりません。
「だれか、もう一度、あの方の様子をみてきてくれぬか」
と使いを出しました。 しかし、その方はすでになくなっていたのです。
悲しく思われた太子は、その場所に墓をたて、手厚く葬られました。

4.花のたより
 厳しい寒さはやわらぎ、花の便りも聞かれるようになりました。しかし、何日たっても、あの目の光を見たときの不思議な思いがきえません。
「あの方は、とても尊い方のような気がしてならない」
あれこれと考えた末に、ふたたび使いを出して調べさせました。

 不思議なことにお墓にはその方の姿はなく、ていねいにたたまれた、あの紫の衣だけが残っていたというのです。
5.紫の衣(終曲)
 太子は、持ち帰られたその衣をじっと見つめました。
「あの尊い方は、世のこと人々のことをたくされたのかもしれない。わたしはこれまで以上に、はげまねばならない」
そんな気持ちが、体の中からあふれてくるのでした。
 太子は紫の衣を身にまとい、外に出ました。中庭の梅の小枝はかわいいつぼみをつけ、もう、春を待つばかりです。信貴の山から吹き下ろす風が、斑鳩の里を静かに吹き抜けていきました。

(2005年3月 文 : 西崎悠山)


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