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民話シリーズ 第四話

「常盤御前」



 平治元年、都で源氏と平氏のはげしい戦いがありました。平氏の大将は、平清盛。このいくさで源氏はやぶれ、一族はちりぢりになりました。東国へ逃げようとしたものも次々とつかまって、殺されていきました。

源氏の大将、義朝の子をもつ常盤御前は、身にせまる危険をひしひしと感じていました。
(こうしてはいられない。清盛はきっとこの子たちをころしにやってくる。)
いそいで身じたくをととのえ、子どもたちの手をひいて、こっそりと都をのがれたのでした。
都の常磐御前
 常盤は、牛若を胸に抱き、今若、乙若の手をひいて、大和の国へ向かいました。
大和の国の宇陀というところに、とおいしんせきがあったからです。そこにかくまってもらうつもりでした。

 朝からはげしく雪の降る日でした。 雪は容赦なく親子にふきつけ、道も見えないほどに降り積もってゆきます。
「今若、がんばるのですよ。 乙若、もうすこしですからね。」

 都から笠置、そして柳生へ。人目をさけ、道なき道を踏み分けての、心細く、つらいつらい旅。

 山の中を、幾日さまよったことでしょう。
彼方には、ようやく宇陀の山々が見えてきました。

雪の中の親子「お母様、寒いよう。」

「足が痛くて、もう歩けないよ。」

五歳の乙若が、涙をうかべて言いました。
「乙若、わたしたちは武士の子だよ。ないちゃだめだ。」
う言う七歳の今若の手も、寒さで赤くはれあがっています。赤ん坊の牛若は、もう泣く力もうせたのか、ただ、じっと抱かれたまま。
「もう少しよ、もう少し。がまんしてね。」
降りかかる雪は、いっこうにやむけはいを見せません
常盤は、身をかがめて、泣きじゃくる乙若を抱き寄せました。

 やっとのことでたどりついたのは、宇陀と吉野の境に位置する、牧の里。

「ごめんください。おぼえておいででございましょうか。都で、九条院の御殿におつかえしており ました、常盤でございます。」


 家のあるじ、源蔵が戸を開けると、寒さにこごえ、足から血をにじませた親子の姿がありました。

「おお、常盤御前………。わこたちも、なんとおいたわしい。」
そういったきり、黙り込んでしまいました。


 もし、義朝のつまや子をかくまったということが知れれば、どんな目にあわされるか。‥‥‥けれど、乳飲み子をかかえ、雪にぬれて立つ常盤をみては、すておくことなどできません。
源蔵は、親子を家の中へとまねきいれたのです。

「さあ、いろりのそばへおいで。」
チロチロと燃えるまきの火をみて、子どもたちは声をあげました。
源蔵の妻は、いそいで粥をあたためました。
「うんと食べて、元気をだしてくださいね。」
体のしんからあたたまるようなやさしさにふれて、常盤は都をはなれてからはじめての涙を流しました。

 やがて、雪がとけ、牧の里にもふきのとうが顔を出す季節がやってきました。かくまわれてくらす常盤の耳に、都のうわさがとどきました。年老いた母がとらえられ、常盤の行方をきびしくせめられているというのです。
「ああ、母上までがそんな目に………。」
そう思うと、いても立ってもいられません。源蔵夫婦に守られて、むじゃきに遊ぶ子どもの姿を見ながら、さんざんまよったあげく、とうとう心を決めました。
「都へ‥、もどろう……。」


 旅立つ朝、源蔵の妻は、涙ながらにひきとめました。
「むざむざ、ころされに帰るようなものじゃ。」
源蔵は、今若の頭をなでながら、怒ったようにつぶやきました。
常盤は、あの雪の日のように、牛若を抱き、静かに頭を下げ山々ました。
「ありがとう源蔵さん、このご恩は忘れません。たとえこの身がどうなろうとも、この子たちの命は、きっと守ってみせます。」
別れをつげると、山あいの道を、都に向かって歩きはじめました。


 足早に歩む母のうしろから、小走りについてゆく子どもたち。
「わこさま〜、常盤さま〜。」
呼びかける妻の声にも、もう振り向くことはありません。
しだいに小さくなっていく後ろ姿を見送りながら、源蔵はぐっと唇をかみしめました。


 宇陀の山々には、やわらかな、早春の日差しがふりそそいでおりました。



作: 西崎悠山

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